幻想的な美しさで知られる作品『落下の王国』。
日本人デザイナー・石岡瑛子さんが手がけた衣装デザインも有名で、以前から気になっていました。
長年観る機会がなかったのですが、池袋のグランドシネマサンシャインで「4Kデジタルリマスター上映」が行われると知り、足を運びました。

正直に言うと、観る前は「アーティスティックで、ストーリーはあってもなくてもいいタイプの映画」だと思っていました。
どこか不条理で、シュールな展開が続くのではないか、と。
ところが実際に観てみると、その印象は良い意味で裏切られました。
どこか『ニュー・シネマ・パラダイス』を思わせるような、映画そのものへの賛美に満ちた作品だったのです。
映像美に惹かれて観に行った人ほど、物語のあたたかさに驚かされる一本。
『落下の王国』は、とてもかわいらしく、やさしい余韻の残る映画でした。

CG不使用と贅沢なロケーションがまるで動く絵画のような美しさ
あらすじ
1915年のロサンゼルス。
ロイ・ウォーカーは無声映画のスタントマンであったが、撮影中の事故で重傷を負い、下半身不随となって病院に入院している。
さらに恋人を主演俳優に奪われ、人生に絶望したロイは自殺を考えるようになる。
そんな彼の病室に現れたのが、5歳の少女アレクサンドリアだった。
移民の子である彼女は、農園での労働中に木から落ち、腕を骨折して入院していた。
動けないロイは、アレクサンドリアを使って薬剤室から自殺用のモルヒネを取らせようと考える。
そのために、彼は即興で壮大なおとぎ話を語り聞かせ、彼女の興味を引こうとする。

劇中、アレクサンドリアの出身国は明確には語られませんが、家族と話している言語はルーマニア語だそうです。
セバスチャン・スタンさんを思い出しました
感想
少女の想像が映像になる映画
映画のポスターや宣伝に使われているビジュアルは、ロイの語る物語を聴いたアレクサンドリアが頭の中で思い描いた世界です。
そのため、登場人物たちはすべて、彼女が現実世界で出会った人々が元になっています。
担当の医師やナース、レントゲン技師、病院を出入りする業者、入院患者――ロイ自身も含めて――
彼らは想像の世界で、まったく異なる役割を与えられて登場します。
印象的だったのは、役者さんたちの演技の幅の広さです。
現実世界と想像の世界での振る舞いがまるで別人で、同じ役者だと気づかないほどの差がありました。
なかでも驚いたのが、少女と同じ入院患者のおじいさん。
想像の世界では「ミスティック」という霊的な存在として登場しますが、鑑賞後に友人から指摘されるまで、同一人物だとはまったく気づきませんでした。

病院では弱々しいのに、空想の世界ではエキセントリック。
ギャップがすごい
また、ロイを演じているのは、『ホビット』でスランドゥイルを演じたリー・ペイスさん。
現実世界ではベッドに縛られている彼が、想像の世界では堂々と立ち上がり活躍する姿は印象的でした。
高身長と細身のスタイルを生かした衣装がとにかく美しく、見惚れてしまいます。

上半身は肩や二の腕が露出したタイトなデザイン、下半身はハイウエストでボディラインを隠すボトムス。
黒一色のレザーがストイックかつセクシーという矛盾をはらんだ美しさ!!!
他の登場人物たちも、どこか民族衣装を思わせるような、キャラクターに合った独特なデザインを身にまとっていました。

キャラの個性にあった衣装にそれぞれ色が割り当てられ、どこか戦隊モノのようでした。
黄色がぽっちゃりなのは世界共通認識?
絶望から再生へ
入院中のロイは、怪我と失恋によって自暴自棄になっています。
幼い少女を利用して自殺を図ろうとするほど、彼は身勝手な状態に陥っていました。
しかし、アレクサンドリアが薬の保管庫で事故に遭い、大怪我を負ってしまったことで、ロイは初めて我に返ります。
自分の命よりも、他人の命が危険にさらされたことで正気に戻る――
この瞬間が、とても人間的で強く印象に残りました。
まとめ
映画を愛する人への賛歌
ラスト、みんなでロイが関わった映画を観るシーンは、本当に幸福な終わり方でした。
退院したアレクサンドリアは農園での労働に戻ります。

途中で何度か「まさかここで終わる?」「バッドエンド?」と思いましたが、ハッピーエンドで本当によかったです
この先、アレクサンドリアは映画の中で活躍するロイの姿を見つけ続けるのでしょう。
けれどそのロイは、彼女の中の幻であり、現実のロイは下半身不随のまま生き続けます。
それでも、病院で映画を観るロイの表情には確かな救いがありました。
二人が再会することはなくとも、お互いを忘れることはない――そう思わせてくれるラストでした。
観終わったあと、「かわいらしい映画を観たな」という、やさしい気持ちが残りました。

原題は『The Fall』。
その邦題を『落下の王国』と訳した方のセンスよ!!


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